書評習慣

大嶋暫と申します。書籍応援業。おすすめ本に関する書評ブログです。様々なコラムやエッセイも書いております。少しでも面白い書評が書けるよう奮闘中です。

立川志らくと竹原ピストルの共通点とキュレーションの今後について

今年の紅白歌合戦は固唾を呑んでみまろうと思う。

なぜか。竹原ピストルが出場するからである。

 

歌声を聴くたびに、本当に歌うために生まれてきたような男なんだと思う。

 

曲を聞き流すことが多い昨今にあってしみじみと歌声に耳を傾けたくなる

稀有なミュージシャンだ。

 

松本人志竹原ピストルあを高く評価しており、少しでも力になれれば

ということで、映画『さや侍』のイベントで彼について語るという場面もあったそう。

 

11月19日付けのワイドナショーでも紅白出場を受けて本当によかったとコメントをしていた。ちょうど立川志らく師匠も出演していた。

 

何がちょうどなのか。

二人とも売れるべき人なのに潜伏期間が長いことが共通点としてある。

 

何をもって売れると定義するかは、議論の余地があるが、竹原ピストル立川志らく師匠は

10年前から激しい脚光を浴びてよかった人々である。

 

良く「世間がついてこない」というようなことが言われたりするが、

がその代表格のような二人だと思う。

 

一方で、首を傾げたくなるのは、若手芸人フースーヤにゃんこスターなどの存在である。

分かりやすくいえば、一発屋が発生し続ける環境への疑念である。

 

突発的なパフォーマンスのよさだけで、身の丈に合わない評価を受けているというのが

実態と言っていいのではないだろうか。

 

人がスターダムに乗ることは、決して悪いことではないのだが、実力のないものを必要以上に持て囃すのは、暴挙である。

 

若者の「バズり」に左右される状況には、そろそろ待ったをかけないといけないのかもしれない。

 

やはり、真に良いものが引っ張りあげられる仕組みはもっと整えていかないいけないだろう。

 

そういう意味では、クラウドファンディングなどはいいシステムだと思うが、

下手をすれば余計なお世話になってしまうリスクもある。

 

これだけ誰でも好きな主張を好きなときにできる時代になぜ本当にいいものが

すぐに出てこないのか?

 

いいものを紹介する人=キュレーターという言葉も誕生しているのに、

なかなか日の目を見ない人が多いのはなぜか。

 

マスに情報を流布すると言う意味では、テレビの力はいまだに強力なものを持っている。

売れるべき人はまずテレビに出るべきだという前提に立って考えてみたい。

 

そうすると、キャスティング権を持つ番組プロデューサーの目にとまらないといけないのだと思うが、ここに一つの大きな壁が立ちはだかってくる。

 

それは、芸能プロダクションという人材供給会社である。

 

日々テレビを見ていて、なぜこの若い女性タレントがこのポジションにと感じることは多い。これは紛れもなく芸能プロダクションの営業力の為せる業であろう。

 

つまり、悪く言えば芸能プロダクションが売り出したい人が売れているというのが、

メディアの世界の現状なのかもしれない。ここに問題の根幹がある可能性がある。

 

では今後本当に売れるべき人が売れるためにはどうすればいいのか。

 

プロダクションとは一線を画す影響力のあるキュレーターやパトロンの存在が不可欠になるだろう。どうすれば、そういうキュレーターが育っていくのか。

 

芸能界における好例としてあげるなら、タモリには赤塚不二夫というパトロンがいた。

しかし、現在は濃密な先輩後輩関係や師弟関係などはあっても明確にパトロンを持つ

若手は少なくなっていると思う。

 

パトロンのなり手がいないのであれば、いいものを勧める評論家の社会的地位の今一度の向上が必要になるだろう。

 

具体的な方策としては、芸能評論の発表の場もさることながら、文章を雑誌、ネット問わずユーザーもプロも読む文化を醸成していかなくてはならない。

 

正直に言って、現在の芸能関連のライターさんたちは、怪しいハンドルネームの人たちも多く、批判的な記事も多いので、なかなか信用できないことも多いと思う。

 

しかし、プレイヤーの数が増えないと業界は盛り上がっていかない。

もはや、芸能評論で財を成すぐらいの人が現れないといけないだろう。

 

まずは、現在活躍するメディア評論家自体をキュレーションするところから始めないといけないのかもしれない。