書評習慣

大嶋暫と申します。書籍応援業。おすすめ本に関する書評ブログです。様々なコラムやエッセイも書いております。少しでも面白い書評が書けるよう奮闘中です。

日本に危険な点取り屋が少ない理由

先日のワールドカップアジア最終予選、オーストラリア戦は、2対0の快勝だった。

久しぶりにスカッとするような試合を見たと感じた人も多かったのではないか。

 

中でも強烈なインパクトを残したのは、井手口選手だと思う。ミドルシュートでのゴールというのは、日本代表の試合ではあまりお目にかかれない偉業だ。

特に、勝負どころの試合においては、あまり切れ味鋭いゴールを目撃できることは

少ない気がする。

 

ではなぜ、日本代表には強烈な点取り屋が現れないのだろうか。

その理由の一端について、考えてみたい。

 

先日職場で聞いた話だ。高校生の息子がいる母親の話だが、

点取り屋として鳴らしていたが、ある試合で、急な交代を告げられたため、監督に暴言を吐いてしまったらしい。

 

その後、試合に出してもらえず干されてしまったそうだ。

本人はというと、謝るつもりは毛頭ないらしい。

 

私はこの話を聞いて、実はこういうことは日本全国で日常茶飯事なのではないかと感じた。だとするなら、芽のある野心的な選手をつぶしていることにもなりかねない。

 

礼儀正しいことは大人、社会人としてはもっともなのだが、サッカーにおいて、暴言を吐いた選手を干すというのは、本当に正しいのだろうか。

 

サッカーというスポーツは、ルールの中で、ゴールネットを揺らしあうスポーツである。点が入らなければ、何の意味もなさないし、何よりも面白くない。

 

冒頭の井手口は、「ケンカ番長」と呼ばれているらしい。

手倉森監督の命名でどういう由来なのかは、わからないが、どうやら負けん気の強い

人であることは間違いなさそうだ。

 

フォワードの選手は、とにかく俺が点を取るというタイプでないと勤まらないことは

多くの人がうすうす感じていることではないかと、私はにらんでいる。

 

正直この文章は賛否両論の「否」ばかりだと思う。

しかし主張したいのは、プロサッカー選手、とりわけフォワードの選手には、

常識はおろか、場合によっては倫理観などもゴミ同然であるということである。

 

点をとるためだけに行動する。

納得がいかなければ、徹底的にぶつかるし場合によってはそれ相応の行動にでる。

 

そんな紙一重の人物でなければ、ワールドカップでは点は取れない。

なぜなら、ワールドカップとはルールの中で行われる国を挙げた戦争だからだ。

治安の悪い国に強豪国が多いのは納得感のあることなのである。