暫さんのふとまゆげ

大嶋暫と申します。なんでもキュレーター。書評を中心に様々なコラムやエッセイを書いております。

気づいた人からやめている

「気づいた人からやめている」

 

こんなキャッチコピーが地方自治体から登場するのもそう遠い将来ではないかもしれない。

 

おそらく、今40代くらいまでの世代は、年金で老後を生活することなど夢物語であることにうすうす感づいていると思う。

 

気づいてはいるけど、仕事は忙しいし日々生きていかないといけないので、

と大都会で踏ん張っている人も中にはいるだろう。

 

そんな中でタイミングをみて仕事をやめて、地方に移住することも一つの案である。

 

私は今年で34歳になるが、家庭の事情があって、約10年勤めた会社を退職した。今はとある地方都市に暮らしている。

 

生活は一変した。現在は、8:00-17:00で仕事をし、遅くとも18:00には家路に着く生活を送っている。今までは6:00に起きて21:00過ぎまで仕事をするような生活を送っていた。多少営業力をつけることもできたので、上司にも会社にも大変感謝をしているが、30,40代もすべて捧げていたらと思うと、決断は正しかったのかもしれない。

 

今は1週間毎日5:00には起床し、7:00まで読書や勉強に勤しむ生活をしている。

結果、好きなことに費やす時間と家族との時間が増えた。

 

規則正しい生活ができることは非常に幸せなことだと実感している。

これを実現するには、現在の自身の生活を見直すこととそのことに違和感がないのかを気づく必要がある。

 

地方にいけば必ずしも実現できるわけではないが、

東京と比較をすると、環境的にも経済的にも落ち着いて生活できるのではないかと思っている。

 

そのことに気づいた若者たちが東京を後にしはじめているのではないかと最近感じている。私の周りでも、東京で働くだけ働いて、30を境に帰郷していく人が増えているように思う。

 

実家の家業を継ぐタイミングに来たというのも大きな理由の一つだと思うが、

都会で生活をすることで得られるメリットよりもデメリットのほうが目立ち始めてしまっているのではないか。そんな風に感じるのである。

 

おそらく昔の男たちの中には、家業を継ぐことを拒否して今がある人も多いと思う。

組織の中でサバイブする生活も魅力的で面白いが、環境の中で泳ぎきる力よりも新たな価値の創出が求められる、今後の世の中では、早く一国一城の主になり、自分なりの働き方を見つけることのほうが重要な気がするのだ。

遠回りの効能

日常生活における遠回りは基本的に損した気分になる。

タクシーで遠回りされる。選んだ道が遠回りで時間をロスした。

蛇足だったと感じることもあると思う。ちょっと付け加えた遠回り(蛇足)がプラスに転じることもある。

 

歩くことは良いこととされているが、一駅手前で降りて家まで歩くというのは通学通勤時に取り入れられる手軽なエクササイズだ。これを自転車で応用し始めている。

 

私は身長167センチ、体重80キロ弱で正直に言って結構太っている。

ここ10年間やせたいと思ってきたが、一向にやせたためしがなかった。

思うだけで行動が伴わなかったのである。糖質制限ダイエットを始めて10キロ程度の減量に成功したものの、その後見事に下げ止まった。

 

なかなか生活習慣を変えることができないことは、この10年間でいやというほど思い知ったので、日常生活でのちょっとした努力はないか模索していた。そんな折に何かで読んだのが、自転車を漕ぐことでの運動効果であった。なんでも20分以上漕ぐと脂肪が燃え始めるらしいのだ。これは良いと思い取り入れ始めた。職場から自宅まではおよそ10分で漕げる距離だが、自宅を通り過ぎてさらに10分ほど走って遠回りして帰るということを、今習慣化しようとしている。  

 

子供が生まれてからは、早く家に帰っても夕飯の労働力としてかりだされるだけ

なので、妻の仕事を手伝うことも捨てがたいがあまり得策ではないといえる。

私などたいした労働力ではないからだ。であれば、多少帰宅時間は遅くなっても、自分のため、ひいては家族のためになることに時間を活かしたほうがよいと思うのだ。

 

自転車での遠回りは考え事もできるしリフレッシュにもなる。お勧めである。

日本に危険な点取り屋が少ない理由

先日のワールドカップアジア最終予選、オーストラリア戦は、2対0の快勝だった。

久しぶりにスカッとするような試合を見たと感じた人も多かったのではないか。

 

中でも強烈なインパクトを残したのは、井手口選手だと思う。ミドルシュートでのゴールというのは、日本代表の試合ではあまりお目にかかれない偉業だ。

特に、勝負どころの試合においては、あまり切れ味鋭いゴールを目撃できることは

少ない気がする。

 

ではなぜ、日本代表には強烈な点取り屋が現れないのだろうか。

その理由の一端について、考えてみたい。

 

先日職場で聞いた話だ。高校生の息子がいる母親の話だが、

点取り屋として鳴らしていたが、ある試合で、急な交代を告げられたため、監督に暴言を吐いてしまったらしい。

 

その後、試合に出してもらえず干されてしまったそうだ。

本人はというと、謝るつもりは毛頭ないらしい。

 

私はこの話を聞いて、実はこういうことは日本全国で日常茶飯事なのではないかと感じた。だとするなら、芽のある野心的な選手をつぶしていることにもなりかねない。

 

礼儀正しいことは大人、社会人としてはもっともなのだが、サッカーにおいて、暴言を吐いた選手を干すというのは、本当に正しいのだろうか。

 

サッカーというスポーツは、ルールの中で、ゴールネットを揺らしあうスポーツである。点が入らなければ、何の意味もなさないし、何よりも面白くない。

 

冒頭の井手口は、「ケンカ番長」と呼ばれているらしい。

手倉森監督の命名でどういう由来なのかは、わからないが、どうやら負けん気の強い

人であることは間違いなさそうだ。

 

フォワードの選手は、とにかく俺が点を取るというタイプでないと勤まらないことは

多くの人がうすうす感じていることではないかと、私はにらんでいる。

 

正直この文章は賛否両論の「否」ばかりだと思う。

しかし主張したいのは、プロサッカー選手、とりわけフォワードの選手には、

常識はおろか、場合によっては倫理観などもゴミ同然であるということである。

 

点をとるためだけに行動する。

納得がいかなければ、徹底的にぶつかるし場合によってはそれ相応の行動にでる。

 

そんな紙一重の人物でなければ、ワールドカップでは点は取れない。

なぜなら、ワールドカップとはルールの中で行われる国を挙げた戦争だからだ。

治安の悪い国に競合国が多いのは納得感のあることなのである。

会社員を辞めたとも日経は購読している。

会社員を辞めたあとも、日経新聞は購読している。

理由は、ビジネスの世界の情報から離れすぎると自分がつまらなくなるような気分に襲われるからだ。

 

今までのように自分の仕事に照らし合わせながら記事を読むことは難しくなったが、

なるべく目を通し吸収するようにしている。

 

とかく企業の取り組みや新サービスの記事に目を奪われがちだが、

今回はある作家の文章を読み思わず唸ってしまった。

 

2017年9月10日付けの文化欄に伊集院静さんの文章が掲載された。

タイトルは『一葉の写真』。仕事場においてある一枚の写真のエピソードから文章はスタートする。そして、だんだんとその背景が明らかになる。写真の好々爺はサントリー創業者の鳥井信治郎さんとわかる。本文の趣旨は「陰徳」についてのエピソードと鳥井信治郎の魅力について書かれている。

 

ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思うが、この記事を読んで感じ入ったのは、

プロの小説家の文章力である。一言で言えば、言いたいことを書くためにつむぐ物語に人をひきつけるための魅力と仕掛けがある。

 

思えばこの10年間ビジネス書ばかり読んできてしまった。数えてはいないが、おそらく300冊くらいは読んでいるのではないだろうか。もちろん仕事に実際役立った考え方などもあるが、印象に残る一文や何度も読み返したくなる本にはほとんど出会っていないのが実情だ。

 

ビジネス書は、概ね著者が一生懸命に仕事をするなかでまとめた文章なので、

多くが著者の経験したことの域を出ていない。もっといえば脚色をする力は底まで望めないし、求められていないともいえる。それはそれで悪いことではないのだが読み応えのある文章にはなりにくい。

 

一方伊集院さんの文章には、情景が思い浮かぶような表現、実際のエピソード、人間の本質を鋭くつく記述など魅力的なポイントが数多く含まれている。

 

小説家や漫画家などものづくりをする人のエッセイが人気を博しやすいのも

このあたりに理由があるのかもしれない。

 

読み応えのある人間になるためには、小説を読み続けておいたほうがいいのかもしれない。

蚊に刺されたときの対処法

※この文章は一部フィクションが含まれると同時に著者の偏見で満ち溢れております。

あらかじめご了承ください。

 

蚊に刺されたときの対処法を見れば、その男の価値がわかるというものである。

まず、あからさまにかゆがって、掻きむしったりするのは、愚の骨頂である。

男の風上にもおけない振る舞いといってよいだろう。

 

蚊に刺されたことに気づいてしまったときは、ひとまず微笑をたたえようではないか。

女性は余裕のある男性を好むところがある。あわてふためいて、うろたえるようでは、

尊敬に値する男ではない。ピンチのときこそ男はどっしりと構えることが肝要である。

 

口元に微笑をたたえたあとは、コーヒーを豆から挽き、一杯のブラックコーヒーを落とそうではないか。思い出してほしい。映画などで大物ギャングは、危機的な状況を迎えたとしても、一服を楽しむ余裕を見せる。そんな男の余裕に女性陣は心打たれるのだ。

 

とはいえ、実際問題かゆくてしょうがないと思う。

さされた箇所を見れば見るほどかゆくなる。触りたくなる。

そんなときはぐっと我慢をしよう。民間療法(?)で爪でプラスマークを作って乗り切る手法があるが、そんなものに頼っては男が廃るというものである。

 

ここでプラスマーク作りをやらなそうな著名人を数人あげておこう。石原裕次郎マーロン・ブランド矢沢永吉高倉健。そうそうたる顔ぶれではあるが、絶対にやらないであろう。堀内健ならやりかねないがそれについては今回は割愛したい。

 

正直に言うと蚊に刺された腕は、死ぬほどかゆく、切り落としたいと思うことも少なからずあると思う。ただ、刺されるたびに切り落としていたら腕がいくらあっても足りないので、得策ではないといえそうだ。

 

ではどう対処するのかここからが本題である。まだ蚊に刺されたことに気づき微笑をたたえコーヒーを飲んだだけである。何食わぬ顔で捨て置けばよいのだがなかなかそうもいかないものだ。

 

男の中の男は蚊に刺されたときは、指された箇所にサインをする。

ほどよく膨れ、周囲から独立したあのふくらみがサインをするにはちょうどいいらしい。

 

だから、大人の男になりたければ筆記用具だけは肌身離さずもって歩かなければならない。背中を刺されたときはどうすればいいか。簡単である刺青を彫ってもらえばいい。

 

蚊が虫偏に文と書くにはそんな奥深い背景があるのである。

 

※この文章には一部フィクションが含まれると同時に著者の偏見に満ち溢れております。あらかじめご了承ください。





















色気を手放す若者達

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51879?page=2

 

この記事を読んで、若い人達は本当の意味で草食動物になっているんだと実感した。

 

例えば、この50年で世の中のヒーロー像は大きく変わってきている。

 

ざっくり書いてみる。

 

今の50代、60代はゴルゴ13ケンシロウ本宮ひろ志の主人公達、島耕作など。

>権力に1人で立ち向かう一匹狼

 

今の30代、40代は孫悟空仮面ライダーウルトラマンキャプテン翼

>強烈な個性を持つリーダーだが、仲間思い。

 

今の10代、20代 ルフィ、ナルト、

>一見個性はないが仲間思いのいい奴

 

歳を追うごとに明確に欠けていっているものがある。

 

何か?

 

それは「色気」である。

 

色気とは、では何か?

強烈に異性を惹きつける独特の雰囲気と言って良いだろう。

 

色気を放つ男に共通しているものは何か?

それは以下の要素である。

 

・孤独である

・ストイックである

・とにかく強い

・生命力がある

・おしゃれ

 

一方色気から一番遠くにいるのが、集団である。和があるというのは一見聞こえはいいが、

間抜けなくらい知性と色気にかけると思う。

虎と羊を比べると分かりやすいと思う。

 

実はどの時代の女性も目の肥えた人は気づいているはずである。

 

①甲斐性があり孤独に強い男>②甲斐性はあるが群れる男>③群れないが甲斐性がない>④群れるし甲斐性もない。

 

ということに。

 

私が危惧するのは、群れているのに甲斐性がない男達だ。

 

群れないが甲斐性がない男もダメではないかという声が聞こえそうだが、このゾーンにいる人たちは女性が守ってあげたくなる人たちなので、ダメンズが面倒を見てくれるケースが結構あるのである。

 

人並みでいいやという現状維持の姿勢だと、

成長はおろか待っているのは退化だけだと思う。

 

このゾーンの割合が増えているのだとすると、結婚にたる男がいないと女性陣が嘆くのも至極尤もだと言える。

 

周りにいる結婚している男を見渡してほしい。

概ね①と②に当てはまるはずだ。

 

私が思う比率は以下だ。

①10%

②20%

③10%

④60%

 

甲斐性がない男が増えると、ますますこれからもおじさん達の天下が続いていくことになる。

 

人並みの人生でいいという人もいるみたいだが、人並みの人生を送るのに並大抵ではない努力が必要な社会はそこまで迫っている、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痴漢の冤罪を撲滅するために

提案したいことがあります。

 

ビジネスマンのリュックサック利用の義務付けです。

私は極端な性格なので、法的に義務付けてもいいとすら考えております。

 

メリットは2つあります。

①常に両手が空く。

②電車で、リュックを前に持って文庫を広げれば痴漢の冤罪防止になる。

 

主に伝えたいの②の用途です。

 

紛れもなく、一番の解決策は男女車両の完全分離だと

私も考えております。

 

ただ、すぐには導入されなそうなので、

暫定措置として、提案したいのです。

 

前に持てば、まずいちもつが前方の人に接触することも

回避することができます。

 

リュックの最頂部に両手を

乗せておけば、絶対に触ることはありません。

 

①の話にも触れますが、私は営業職で基本的に1日中電話をしていたいので、

両手が常に空いていることはかなり快適です。