高級ブランドの商品が並んでいる場所といえば、
ぱっと思い浮かぶのは、丸の内と銀座である。
なぜあの場所にブランド店が集中するようになったのか?
その背景には、ヨーロッパの一流品にほれ込んだ一人の男の奮闘があった。
主人公の茂登山長一郎、通称長さんは、戦後の動乱期に闇市の商人としてスタート。
やがて、エルメスやグッチ等ヨーロッパの超高級ブランドを日本に持ち込む時代の寵児へ
と躍り出る。本書は、太平洋戦争から帰還した男が闇市での仕事を皮切りにブランドを日本に持ち込む第一人者となるまでを描いたノンフィクションだ。
絶版のため中古でなんと8000円ほどするが、正直お釣りが来るほどの価値はある。
経営者、男は「かくあるべき」ということが学べるサクセスストーリーには違いないが、
本書が出色であるのは、ここに描かれる長さんの「引き際」の見事さである。
長さんは、美味しい儲け話なども、嫌な予感がした段階で素早く手を引く。
また、あぶく銭が手に入っても、また稼げばいいと困った人にあげてしまう。
起きた事象から教訓を得る抜け目のなさにくわえ冷静な判断を忘れない。
しかし、根っこは厚すぎるくらいの情で人に可愛がられる男だ。
このバランス感覚と親しみやすさは、実は女性に奥手だったことも関係しているのではないかと私は読みといた。政治家でも女性スキャンダルがない人は失脚しないケースが多い。
そんな長さんの元に足を運ぶ顧客には電通の吉田秀雄や作家の今東光
がいた。この人たちとの掛け合いがまた素敵で物語に引き込まれる要因の一つとなっている。思わず人に話したくなるこぼれ話が満載なのだ。
たとえば、ライカのカメラと四谷の80坪の土地の値段が同じだった時代の話、電通が富士登山をする本当の狙い、一流ブランドは王宮の近くにあること、などなど。興味深いエピソードが数多く紹介される。
時を越えて生き残っていくものとは何なのか。
一流品を追い求めた男の生き様から学ぶことができる。