「〇〇とは」
上記のフレーズは、各検索エンジンの検索ボックスに、一番放り込まれているワードで間違いないと思います。
スマホで、知りたい情報を調べることが当たり前になった世の中になりました。
今回は、ド素人なりに、書評を続けている私が思う書評の意味について、考えてみたいなと思い、書いている次第です。
意味について考えることは、何か生産性を上げることにつながっている気がして、嫌な感じなんですが、とにかく考えてみたいと思います。
「書評」とは、文字通り受け取れば、「本を評価すること」になると思います。しかも、プラスの部分を発見し、褒めることがその機能と言えるでしょう。
また、意味を混同しやすい言葉で、「批評」という言葉がありますが、こちらは、良い点、悪い点いずれも検討の上、価値を決定づけるというような意味のようです。英語に言い換えると、「レビュー」となります。
私は文芸評論家ではないですし、いつまでも読書を楽しんでいたいので、あくまで書評という分野に拘りたいと考えています。
私は、Amazonのユーザーレビューをあまり信用していません。
なぜか。
極めて短い文章で、作品をくさしていることが散見されるからです。ちょっぴり暴言になりますが、読解力があるかどうかわからない人の短い結論ほど、怪しいものはありません。
つまり、内容を理解しているかどうかわからないのに、文句だけ書かれても、誰も得しないただの悪口になってしまいます。
書いてる本人だけが、気持ちのよいマスターベーションになってしまいます。
私は、それだけは絶対に避けたいので、
面白かった点を褒めるようにしてます。
なので、書評とは、その本の面白かった点を分かりやすく紹介することだと定義しています。
さらに発展させて「良い書評」とは、
どんなもの指すのでしょうか。
少し逆説的ですが、その本を読む事よりも、面白い体験を提供してしまうことかと思います。要するに、単純に読み物として面白い書評ということになります。
どうすれば、対象作品よりも面白くなる可能性があるでしょうか。
私は、2つあると考えています。
一つは、その作品を説明するために活用する、
比喩や具体的なエピソードに個性や独創性があること。
もう一つは、豊富な読書経験の中から、関連書籍についても書いてしまうことだと思います。書評を行った作品の結論を、肉付けしたり、より理解を深めるためにさらに新しい作品を引用して説明をする。それが大事ではないかと思うのです。(ここは賛否が分かれるところでもあると思いますが、、)
まとめると、良い書評に必要な条件は、
①ユニークな比喩やエピソード
②良きブックガイドになっていること
なのかもしれません。
そうなってくると、いい書評を書くために必要なことは、書評を書き続けるという無限ループに入ります。
ただ今は、その無限ループの中にだけ答えがあるのではないかと考えています。
あえて、書評の意味を定義づけるとすれば、人が読書に向かうきっかけを、作り続けるということかもしれません。