書評習慣

大嶋暫と申します。おすすめ本に関する書評ブログです。様々なコラムやエッセイも書いております。少しでも面白い書評が書けるよう奮闘中です。

本屋の遊び方

買い物のほとんどはAmazonで済ます。

しばらく本屋には足を運んでいない。そんな人も多いのではないだろうか。

 

私はといえば、本が存在するところならすべてを活用する雑食系である。

電子書籍はあまり活用していないが、それでも2,3冊は過去に読んでいる。

 

今回は本屋の遊び方について述べたいのだが、本をどこで買うかをまずは考えてみたい。

 

まず、欲しい本が決まっている場合。

 

書評を読んで欲しくなる場合、好きな作家の新著、雑誌や新聞の広告を見て、人に勧められて、などがあげられる。

 

これはもうAmazonで買うに限る。

せっかく本屋に足を運んでも、その店になく他店ならというケースも往々にしてある。

これは、非常に残念な思いになる。特にジュンク堂丸善など大型書店で目当てのものが見つからない場合は、人生に嫌気がさすこともあるほどだ。

 

もはや本屋で買う必要などないではないかと訝しがる人もいるかもしれない。

実際にそうやってAmazonに流れている人も多いだろう。

 

しかしそれは非常にもったいないことでもある。では本屋に行く本当の意味とは何か。意味など付与する必要はそもそもないのだが、

あえて述べる。

 

それは、出会うはずのなかった本に出会うために他ならない。もう少し具体的にいうと、「検索できない」書籍に出会うためと言い換えてもいいだろう。これはもはや立派な遊びである。

 

皆さんは本屋で過ごす時間は大体どれくらいだろう。10分程度だろうか。それとも30分以上だろうか。

 

私は言うまでもなく後者である。特に大型書店に行って、15分以内で出てくることはまずありえない。長ければ2時間程度はぶらぶらする。

 

理由は、あまり興味のない棚も含めてじっくり眺めにかかるからである。最近は家族同伴がほとんどなので、雑誌、文庫、新書、一部ビジネスがメインとなっているが、本当ならすべての棚にご挨拶したいというのが本音である。

 

時間がもったいないではないかと思う方もいるかもしれない。むしろ逆で、せっかく書店に足を運んでいるのに、目的の本にしか目を向けないのは非常にもったいない。

 

たとえば、スペインはプラド美術館に行ったのに、知っている絵3枚しか鑑賞しなかったというのに近いレベルである。なんとなく本のタイトルを追っていると、現在の自分に引っかかる書籍に出会うものである。まったくそれがない日もないとはいえないが、大型書店に行って欲しい本がないのは、まだまだ知性のレベルが低いことを表している。

 

大型書店の棚といえど所詮は本屋さんに編集されているごく一部の本に過ぎない。失礼なものいいだが、紛れもない事実である。

 

そういう場合はさらに深堀るためにはどうしたらいいか。それは古本屋か図書館に行くにかぎる。

 

人が読んだものは気持ち悪くて読めないという人は仮に欲しいものがあった場合は、

Amazonで購入すればよいだろう。

 

話を元に戻そう。

本屋に足を運ぶ意味は、出会うはずのなかった本に出会うことであるとは、前に述べたとおりである。

 

実はもう一つ重要なことがある。ちょっと後付けっぽいが、人間観察の目的である。

 

この人こんな分野に興味あるんだというのも、本屋で知ることのできる醍醐味の一つである。むしろ本屋でしか知ることができない情報だ。ターゲットが誰なのかを知ることがビジネスのキーになる人にとって書店めぐりは不可欠な営みである。ほとんどすべてのビジネスマンが対象になるといっても言い過ぎではないだろう。

 

余談であるが、本は購入された後に各自の家に連れていかれ、概ね本棚に収納されることになる。「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そしてあなたがどんな人だか言ってみせましょう」と言ったのは、かの有名なブリア=サヴァランだが、こういうふうに言い換えられる。

 

「あなたの本棚を見せてください。あなたがどんな人か言ってみせましょう」と。

 

私はスタートアップやベンチャー企業の成否は、社長の本棚にかかっているといっても

いいと思う。投資判断にも十分に使えるこの上なく有益な情報源である。

 

さあ本屋に遊びに行こうではないか。