暫さんのふとまゆげ

大嶋暫と申します。なんでもキュレーター。書評を中心に様々なコラムやエッセイを書いております。「肯定の哲学」を紡ぎます。

未熟税の導入について

ANAの取り組みがネットで話題になっている。

 

機内で赤ちゃんが泣かないようにするための耳栓などを企業と協力の上

開発して快適な環境を作っていこうという取り組みだ。

 

事態を打開していこうという取り組み事態は良いのだが、

これに対する世間の反応がはなはだ遺憾である。

 

「そもそも赤ん坊を乗せるな」

睡眠薬でも飲ませればいい」

「赤ちゃんは料金を倍にしろ」

 

どうだろうか。ネット上でのコメントなので当然言った人を特定はできないが、

おそらく飛行機に乗ったことのある大人の発言であることは間違いなさそうだ。

 

「心無い」という言葉があるが、その代表格のようなコメントである。

私はこのコメントを読んだときに、それこそ「日本死ね」と思ってしまった。

 

だがそれでは、このコメントを発しているものどもと同類になってしまうので、

対案を述べたいと思う。

 

まず、なぜ泣き声があると不快になるのか?

 

理由はいくつかあるだろう。

 

①単純にうるさい

②せっかくの飛行機での移動が台無しだ。

③うるさくて眠れない

④本に集中できない

 

こんな感じだろうか。

まだまだ、あげれば出てくるのかもしれない。

 

しかし、根本的な理由は、「高い金を払っているのに、なぜ快適に過ごすことができないのか?」という考えではないかとにらんでいる。

 

これが大変いただけないのだ。

上記のようなコメントを平気でできる輩は、ケツの穴の小さいやつと相場は決まっている。

 

ではなぜ上記のような物言いができるのか?

それは簡単で、根本的に身も心も貧乏だからである。

 

考えても見てほしい。たかだか、数時間の移動時間に起こるハプニングに耐えられないのだ。仮にやっと取れた休みで久しぶりにバカンスに出かけるとしてもだ。

果たしてそんな我慢のきかない連中を大人と呼べるだろうか?呼べるわけがない。

 

大体日本人は、飛行機と新幹線の移動時間に期待しすぎている。神格化しすぎである。

もう一度言うがたかだか移動時間である。本当のバカンスや楽しいことは、(仕事での移動の場合は苦しいこと)もその先の現地で待ち受けている。

 

どんな状態にあっても、何食わぬ顔でやり過ごすのが大人の嗜みではないだろうか。

飛行機や電車は不特定多数が共存するいわば公共の場である。

むしろ年齢の高い人ほど静かにしていなくてはならない。

声高に怒るなど愚の骨頂である。

 

ただ、こんな肩肘張って叫んでも何も変わらないので、

現政府には新たな税金を投入していただきたい。

 

その名も「未熟税」。

大人になりきれていない、アホな大人からさらにしこたま金をふんだくるのである。

具体的には、運転免許ならぬ、大人免許を発行していくしかないと思う。

ライセンスのないものには高い税金を。

 

試験は筆記と面接。

 

ますます、経済格差は広がる一方だが、ある意味いたし方ないと思う。

 

そろそろこの国には、大人のライセンスが必要である。

馬鹿馬鹿しいと笑われるかもしれないが、本当の話である。

自分でも気持ち悪いと思うが、未来を作れる人を優遇していくためにはしょうがないと思う。

 

20歳で成人などもはや昔の話だ。

30歳で子供みたいなやつもわんさかいる。

 

「大人」になっていく人を優遇するか、「大人」になりきれないものどもを弾圧するか。

 

これに関しては、2つに一つである。

 

私は、大人になりきれない未熟者をまずは窮地に立たせることを選択して

ほしいと願っているのである。

 

少し話が戻るが、そもそも赤ちゃんが泣いてくれないと「あやす楽しみ」もなくなるというものだ。機内で大の大人がよってたかって、赤ちゃんをあやしている。

私はいつだってそんな飛行機で移動をしたい。