暫さんのふとまゆげ

大嶋暫と申します。なんでもキュレーター。書評を中心に様々なコラムやエッセイを書いております。「肯定の哲学」を紡ぎます。

書評『戦国武将と連歌師』

連歌と聞いて想像するに、公家の暇つぶしや武士の手慰みを思ってしまうが、内実はただの遊びではなかったのが実態だ。特に戦国武将と連歌の関係性が面白い。

 

その昔、連歌師という職業があった。そもそも、連歌とは、上句5-7-5のあとに別の人が下句7-7を詠んでつなげていく遊びである。それも和歌とは異なり、複数名が集まっての大きなイベントでもあった。連歌師とはそれ自体を生業にしていた非常に怪しい人たちである。ただ彼らは戦国の世において、政治戦略上重要な役割を果たしていた。 

イメージしにくいが、今でこそ情報は、大学、企業、インターネット、書籍など

様々は場所に偏在しているが、その昔は決まって寺院に集まるものとされた。

だから、当時の文化を代表される連歌師たちは僧の姿をしていたと言われている。

 

連歌の役割は、連歌そのものの享楽、連帯感形成、中央や他国の情報収集、戦勝祈願といった祈祷、古典教養等の学習など。文化と政治がないまぜになった営みだったのである。

 

現代では、政治家の密談や経済界の商談などはゴルフや食事の場においてなされるのが多いのかもしれないが、昔は文化と連動することが当たり前だったことが本書を読むと良く理解できる。

 

連歌は今でいうと、面雀とゴルフを合体させたようなエンターテイメント性と政治性に富んだ遊びであることが分かった。面雀とはダウンタウン松本人志が考案した単語を組み合わせて面白いフレーズを作る遊びである。

 

温故知新という言葉があるが、過去の方が先進的であったこともたくさんあるのかもしれない。

 

戦国武将と連歌師 (平凡社新書)

戦国武将と連歌師 (平凡社新書)